30代で実家ぐらし、働かず家にいる男の日々

1985年生まれの37歳。働かず、友達付き合いもなし。外へ出るのは散歩か病院の時だけ。一人で読んだり書いたりして過ごしている。noteで日記を公開している→https://goo.gl/Jrkznz

とある30代フリーターの学生時代


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大卒正社員歴なし、31歳まで無目的のフリーター。いったいどんな学生時代を過ごしたの?」 

 

こんなことを尋ねられたことがある。誰に言われたんだっけな……。

 

***

 

私は高校時代から大学に行きたかった。大学で勉強がしたかった。高校1年の頃から、進路室で大学のパンフレットを読みあさっていた。

 

その頃興味があったのは、キリスト教学科。最終的に仏教学科に進学することになるのだが、当時は同じ宗教でもキリスト教志向だった。

 

入学した高校は第一志望だった。しかし教師の話を一方的に聞くだけの授業が退屈でたまらなかった。加えて、集団で同じ行動をすることにも耐えられなくなった。まもなく不登校に陥り、市立図書館にひきこもって読書するようになった。

 

宗教評論家のひろさちや氏の仏教本を読みふけり、彼が客員教授をつとめる仏教系の大学に興味を持った。設立母体の中に浄土宗があったのも良かった。当時も今も私は「南無阿弥陀仏」に惹かれている。

 

志望校はその大学の仏教学科ただひとつ。推薦入試で受かった。したがって受験勉強はしていない。仏教学科などは人気がないので、例年、受験者と合格者の数が同じなのだ。

 

そうして志望した学科に入れたものの、少しも面白くない。仏教学科の教師は僧侶なのだが、嫌々講義しているように感じられた。また教室は私語が多かったのだが、それに対して教師は怒鳴ったり暴言まがいの注意をしたり。情緒不安定なおじさんばかりだと思った。僧侶が情緒不安定というのは意外だった。

 

ところが他学科の教師はそうではなかった。仏教学科がつまらなくて、他学科の講義にもぐりこむようになったのだが、そこの教師は好きで教えている感じが伝わってきて、聴講する方も身が入った。講義内容に魅力があるためか、私語も少なかった。2年に上がる時に転部試験を受けて、文学部に移った。

 

*** 

 

講義以外の時間は、相変わらず本好きだったので、図書館に入り浸った。

 

サークルに入ろうと思ったのだが、2つほど見学に行って飽きてしまった。当時はを創っていたので、文学サークルを目指した。ところが説明会で見たメンバーがニヤニヤヘラヘラしていて、こんなところに入るより、独りで詩を創っていた方がいいと判断した。

 

学生相談室が「コミュニティスペース」というのを週に2度開催していた。友だちができなくて寂しい人のための居場所だ。居心地が良かったが、話の合う男とばかり話していたら、相談員に「君たちだけで高度な話をしていると周りがついていけないので控えめにしてくれ」と注意された。それからあまり行きたくなくなってしまった。難しいことを言いたい年頃だったので、話のレベルを下げろという忠告は受け入れがたかった。

 

大学4年間を通して、基本的に孤独だった。それでいいとは思えず、いつも友を求めていた。寂しかった。友のいない自分を否定していた。それでいて、人を避けていた。友がいないと寂しいが、できそうになると嫌になった。

 

進路については、キャリア講座を1年の頃から取っていた。『面接の達人』などという本も早い段階で読んでいたし、自己分析など高校時代からくりかえしていた。

 

それでも進路未定で卒業し、今に至るまで無目的のフリーターなのだ。自己分析など、就職にはあまり役に立たないように思う。


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