無職と会社員の対話
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これは30過ぎても定職に就かず、親のすねをかじって暮らす男と、その友人との対話である。友人は会社に勤めている。
***
「久しぶりだね。今は何をしてるの?」
「何もしてない」
「ポスティングは?」
「やめた」
「無職か」
「無職だ」
「どうして働かないの?」
「働きたくないからだよ」
「働かなければ家も借りられないし、食べられないじゃないか」
「実家にいればいい。食事ももらえる」
「親は何も言わないのか」
「言うよ」
「いづらくないのか」
「いづらい」
「だったら家を出たいと思うだろう」
「思う」
「それなら、なぜ出ない?」
「出るには金がかかるだろう。僕には金がない」
「働いて稼げばいいじゃないか」
「働きたくないんだよ」
「じゃあ、この先もずっとこのままでいいのか」
「この先というのは……」
「40歳、50歳になっても今のままでいいの?」
「そんな先のことはわからない。今働きたくないのだ」
「君が50になったら、親御さんは80だ。80の老人と一緒に暮らしたいか?」
「暮らしたくない」
「そんなら働いて、脱出した方がいいじゃないか」
「働きたくないんだよ」
「どうしてそう、働きたくないのだ」
「やりたい仕事がない」
「どういう仕事ならやりたいのか」
「どういうものもない」
「それでも働かないと、稼げない。老いた親と同居することになる」
「それはイヤだなあ」
「働くのもイヤで、実家暮らしもイヤ。君はどうしたいのだ」
「働かずに実家から出られたら良い」
「誰かに頼めば転がり込ませてくれるんじゃないか」
「実際、うちに来ないかという話はあった」
「いい話じゃないか」
「僕は個室がないとイヤなんだ」
「贅沢なやつだ」
「体質だからどうにもならない」
「相部屋に住むぐらいなら、実家のがマシというわけか」
「そうだ」
「だったら実家は割合に快適なんだな」
「苦痛だよ」
「本当に苦痛なら脱出してるよ」
***
「君はなぜ働いてるの?」
「なぜって、学校を出たら働くものだ」
「どうしてそう思った」
「どうしても何も、それが常識じゃないか」
「常識でも、したくないことをするのはイヤじゃないか」
「そりゃイヤだが、自分の自由になる金があるのは良い」
「君は自分の自由になる金がほしくて働いているのか」
「そうだ。欲しいものを買えるし、行きたいところに行ける」
「それが目的で働き始めたの?」
「働き始めたのは、そうするのが当たり前と思ったからだ」
「すると働いているうちに、働く理由を見つけたわけだ」
「まあそうだな」
「僕も君のようになれるだろうか」
「さあ。人それぞれだ」
「僕もアルバイト経験ならある。お金を得る喜びは知っている。でもその喜びより、働きたくない気持ちが上回ってしまうんだ」
「それはわかる。僕もしょっちゅう辞めたくなる」
「どうして辞めずに済んでいるんだ」
「土日に遊ぶことを考えると踏みとどまれるね」
「ライブに行くのが好きだったね」
「そうだ。仕事を辞めたらライブに行けなくなってしまう」
「僕は別にライブなんか行きたくないからなあ」
「旅行でもしたらいいじゃないか」
「働いてまでしたいことでもない」
「いずれにしろ、今のままでいいとは思わないんだろう?」
「思わない」
「だったら何かするといいよ。1日だけのバイトもあるだろう」
「経験済みだよ。苦痛だからイヤだ」
「苦痛なのは仕方がない。1日働いて、その給料で温泉でも行ってきたらいい」
「特に行きたくもないが……」
「行けば得るものもあるよ」
「僕はかつて30万貯めたことがある」
「映画を観たり、アニメグッズを買ったりして消えたんだろう」
「そうだ。旅行なんか行っても、あれと変わらんだろう」
「それはいつの話だ」
「3年前だよ」
「今はまた違う感想を持つかもしれない」
「同じかもしれない」
「やってみなきゃわからんよ」
「そうか……」
「そうだよ」
「じゃあちょっと仕事を探してみるか……」
「それがいい」
しかし彼は働き出さなかった。
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