非日常は自分でつくる
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年末年始が苦手だ。
人間には非日常が必要といわれる。日常はつらいものだから、ガス抜きが欠かせない。年末年始や祭りなどがそれに当たる。その理屈は理解はできるが、僕には必要ない。
年末年始は、何といっても不安なのだ。病院が閉まるのが一番つらい。大きな病気を抱えているわけではないが、体調が悪くなったらどうしようと思ってしまう。ちょっとした体の異変を感じてはおびえている。
その上、この期間は多くの人が休みだから、どこへ行っても混雑する。不安で不便で行動しにくい。いいことがない。
そもそも日本の正月文化じたいが好きではない。「良いお年を」も「あけましておめでとう」もイヤ。松飾りを見ると憂鬱になる。おせちも雑煮もおいしくない。どこへ行っても琴による「春の海」が流れていてウンザリする。広告やテレビで見かける着物姿の男女もダサい。早く普段着に着替えてほしい。
土日祝は仕事が休みだから非日常。そういう人も多いだろう。でも、もし水曜・木曜が休みなら、水曜・木曜が非日常になる。土日祝が非日常なのではなく、休日が非日常なのだ。
非日常は他者から与えられるものではない。自分でつくるものだ。普段行かない場所に行くだけでいい。ショッピングモール、レンタルビデオ店、駅の反対側、いつもと逆方向の駅……。普段読まない本を読むだけでも非日常だろう。普段着ない服を着ることも非日常になる。
地元の祭りを待ちわびる必要はない。祭りなど、探せばどこでも開催されている。古本市や古着市だって祭りだ。開催は土日祝が多いが、長期間催されているものもある。美術館や博物館の特別展は数ヶ月単位で開かれている。
今は江戸時代ではないのだ。村や藩から抜け出せなかった時代には、地元の祭りがガス抜きとして必要だった。今は違う。自転車があれば3キロでも5キロでも移動できる。2~300円あれば電車やバスを利用して隣の街まで行ける。普段近所のコンビニぐらいしか行かない人間なら、別の市町村など異世界だ。
普段しないことをする。普段行かないところへ行く。非日常は自分でつくれるのだ。他者から与えられる非日常を、僕は必要としない。
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