30代で実家ぐらし、働かず家にいる男の日々

1985年生まれの37歳。働かず、友達付き合いもなし。外へ出るのは散歩か病院の時だけ。一人で読んだり書いたりして過ごしている。noteで日記を公開している→https://goo.gl/Jrkznz

無理せず人と関わっていきたい


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2018年4月にポスティングを辞めてから、ほぼ1年がたった。この間、特に職には就かなかった。

 

現代日本では、学校や職場以外の人付き合いが乏しい。それらから離れた途端に人とのつながりがなくなる傾向がある。僕も例外ではない。

 

しかし元々人と接するのがつらい人間なので、既存の団体に入っていくことは難しい。そこで、自分でイベントを開いてみた。しかし4回やったところで疲れてしまった。イベントの主催はしんどいということがわかった。

 

何がしんどいのか。特定の時間に特定の場所に行かなければいけないことだ。前日から憂鬱で仕方がない。当日は何時間早く起きても、時間を守ることが苦痛すぎて、本当にギリギリにならないと動き出すことができない。しばしば吐き気やめまいが起こる。体が人と会うことを拒んでいる。

 

こんな具合だから、人と会う前から疲れ切ってしまい、会場に着く頃には、戦を終えた兵士のようになっている。

 

***

 

僕が開いたのは「もくもく会」というイベントで、喫茶店等に集まって、それぞれが自分の作業をするだけの会だ。人と話す必要がない。

 

それでも僕にはきつかった。他人が近くにいるだけで緊張し、意識がそちらに行ってしまう。ノートパソコンを持参して記事を書いていたが、気が散ってしまい、効率は非常に悪かった。 

 

近くに人がいても、無関係の人間ならそれほど気にならない。しかし僕のイベントに来た人は「関係しなければいけない人間」だ。意識を向けずにはいられない。それで消耗してしまった。

 

人と接することがつらい。できないわけではないが、負担が大きいので、続けることが難しい。

 

***

 

去年の11月から、鶴見済さんが主催する「不適応者の居場所」という催しに行くようになった。20人から30人もの人が一室に集まってダベる。椅子や机はなく、地べたに座る花見のスタイルだ。

 

数グループに分かれて、それぞれが好き勝手に話しているだけなので、部屋の隅で眺めているだけでもいい。輪の中に入って、聞き役に徹するのもいい。グループの中にいるだけでも孤独感は紛れるものだ。

 

いい居場所に巡り会えたと思う。ただ、ここだけでは足りない。居場所がひとつしかないと、それがなくなったり、嫌になったりした時に困る。

 

しかし、ここの居心地の良さを味わってしまってからは、自分でイベントを開催する気力がなくなってしまった。

 

イベントの主催を苦しみながらも続けられたのは、孤立を避けたいという思いが強くあったからだ。ところが今や居場所を見つけた。それでもう頑張れなくなってしまった。

 

どうしたものか。苦しくてもイベントの主催を続けたほうがいいのだろうか。そうなのかもしれないが、もう苦しい思いはしたくない。これからは、無理をせずに人と関わっていきたい。


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